Kanae's Book Journal Occasionally with Movies

読書感想文とときどき映画。

<The 47th Book> ボージャングルを待ちながら

珍しくラブストーリーを読んでみました。

コミカルで軽いタッチなのに、何とも切ないフランスの愛の物語です。

 

ボージャングルを待ちながら集英社

著:オリヴィエ・ブルドー  訳:金子 ゆき子

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www.bungei.shueisha.co.jp

 

息子の「ぼく」が語る、両親のラブストーリーです。

ママを毎日違う名前で呼ぶ食わせ者のパパと、パパの作り話が大好きな

(というより信じ込んでいて現実を見ない)ママ。

ママは「ぼく」に学校であったその日の出来事を、悲しかったりつまらない現実より

「ぼく」なりの面白い(嘘の)ストーリーで聞かせるのをせがむほど。

そんな「ぼく」は小学校を自主退学しています。

アネハヅルのマドモアゼル・ツケタシも家族の一員です。

パパのお友達の元老院議員の「クズ」もしょっちゅう一家の輪の中にいます。

時には自宅で、時にはスペインにある別邸で、あらゆるお客を招いて、

朝から晩までカクテル片手に、パーティー三昧の一家。

ママのお気に入りの一曲は、ニーナ・シモンの「Mr. Borjangles」です。

如何なる時もこの一曲と、曲の中にでてくるボージャングルは常にママと共に。

夜通し踊る楽しい日々も束の間、ある日を境に、家族を悲しい末路へ導いていきます。

ママの狂気に満ちた愛と、いつか幸せな日々に終わりが来ると知っていながら、

ママと会った瞬間から惹かれ続けるパパ。

全てが嘘のようなフワフワした現実。

楽しさの中に、常に切なさと悲しさが同居している、そんなラブストーリーと

なっています。

 

 

私は映画の作品もそうなのですが、精神的病気に係る作品が好きです。

本作で私が魅了されたのは、パパが、ママの狂気をわかっていて、むしろ

そこに惹かれたということ。

大抵は煙たがられるであろう、そんな特徴に魅力を感じたからこそ始まる

恋愛物語だったことです。

(精神の病を軽視しているつもりは全くないのです。

実際に病名や症状は違えど、苦しんでいる人は知っています。

逆にそれが魅力になり得るよ!とか言ったら、マイクロアグレッションでしか

ないのはそうで、すごく言語化が難しいのですが、、、)

それが病であろうとなかろうと、その人のある種、突出した(そして大衆から歓迎

されない)特徴に魅力を感じる人がいるということが前提になっていることに、

何となく励まされてしまいました。

 

 

毎日パーティー三昧で、朝はマドモアゼルがぐでんぐでんの来客を起こして回る、

朝からサングラスをかけて頭痛を抱えながら迎え酒を買いに行く、そんな親が

いる一家なんて、それだけでクレイジーすぎるといえばそうなのですが、

ああ、こういう生き方もありだよね。そんな人もいるよね。

って、(少なくとも私は)自然と受け入れられるくらいに、それが当然のもの

として描かれています。

視点が息子の「ぼく」だからなのかもしれません。

そう考えると、常識的にはちょっと痛ましくもありますが。

なぜなら、ネタバレになるので書きませんが、ストーリー自体は、現実であれば

とんだ悲劇でしかないから。

それでも読了して心が軽くなったのは、何が起こっても常に突飛で愉快なユーモアな

日々を送ろうとしていたからなのかしら。

”現実を直視しない”生き方をしている人を、私は直接的に知りません。

ですが、現実を直視してばかり、それを求められてばかりの今の世の中です。

仮に私がママみたいな人物に出会ったら、私も惹かれてしまうかもしれない。

それか、すごく嫉妬してしまうのかもしれない。

(ああ、これもマイクロアグレッションになってしまうだろうか。。)

空想の中で生き続けることを選ぶ、という無責任甚だしい選択に、私は拍手喝采

したい思いでもありました。

 

 

本作の中心ともなっているニーナ・シモンの「Mr. Bojangles」聴いてみました。

open.spotify.com

もう、この小説にぴったりの、なんとなく寂寥感を感じさせる、だけど全く

暗さのない曲調と歌詞でした。

 

 

一家に限らず、登場人物みんなが、互いに寛容で、愛に満ちていました。

とんでもない悲劇なのに、それに涙を流しながらも、なぜだか顔には笑みが

浮かんでしまう作風になっているのでしょう。

空想の、夢の世界で生き抜こうとする。

だけど、満ち満ちて止まない愛は、空想の世界にも現実世界にもまたいで存在します。

そこに「ぼく」の両親の苦しみがあったのでしょうか。

おかしいのに、ほろ苦い、そんなたくさんの感情を体感させてくれる、

純愛物語でした。